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横浜地方裁判所 昭和23年(レ)6号 判決

控訴人は被控訴人に対し、別紙目録<省略>第二欄掲記の土地のうち畑四筆を引渡すべし。

被控訴人その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人のそれぞれ負担とする。

本判決は、被控訴人勝訴の部分に限り、被控訴人において、金参万円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

二、事  実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴人は被控訴人に対し、別紙目録第二欄掲記の土地を引渡すべし。訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は請求の原因として

第一、引渡を求める土地のうち、畑四筆につき

(一)  別紙目録第一欄掲記の畑四筆は被控訴人の所有なりしところ、(二) 被控訴人は、昭和二十年五月十九日これらを控訴人に、期間の定めなく、賃料一ケ年二十七円六十一銭、毎年六月及び十二月の各二十日かぎり半額づつ支払うとの約で賃貸し、控訴人はこれらを耕作していた。(三) ところが被控訴人には、これらをみずから耕作するにつき、次のような正当な事由が生じた。(四) よつて、被控訴人は、昭和二十一年六月十三日右畑についての賃貸借契約を解約するにつき、所轄農地委員会の承認を受けた上、同月十五日控訴人に対し、右賃貸借契約解約の申入をなしこの意思表示は翌十六日控訴人に到達した。(五) しかして、右にいう正当な事由とは(イ)もともと、本件土地は被控訴人が他の数筆の土地とともに、昭和九年三月二十日より期間五ケ年と定めて、控訴人の父麟に賃貸していたものであるが、同人と被控訴人との間に該土地をめぐつて紛争が絶えなかつたところ、神奈川県小作官松島淳の斡旋により、ようやく、昭和二十年五月十九日被控訴人と麟及び控訴人との間に、所謂法外調停が成立しその中の条項として「同年七月末日までに被控訴人は、その所有する後述の本件換地前の田三筆(別紙目録第一欄掲記)を代金四百四十円で控訴人に譲渡し、控訴人及びその父麟はその所有する高座郡大和町上草柳字東ケ里千二十八番地ノ二の山林(六歩)同所千三十八番地の畑(一畝六歩)を被控訴人に代金百円で譲渡する」という旨の定めがあり、被控訴人は右約定に従い自己の債務を履行するため、一方ならぬ面倒な手続をつくしたにも拘らず、控訴人はまつたく、みずからの債務を履行しようとしない。(ロ)それのみならず、被控訴人はもとその所有する同町上草柳文ケ岡七百六番地所在の畑を控訴人の父麟に小作させていたところ、同地は前記調停に基づき同人より被控訴人に返還せられたので、被控訴人は昭和二十一年三月頃これを訴外松山定次に住宅建築のため賃貸し、同訴外人において住宅の建築を始めたところ、控訴人は同年四月右土地にいまだ小作権ありとして、横浜区裁判所に同訴外人に対する右建築中止の仮処分を申請し、同年五月一日その決定を得て、右工事を中止せしめもつて被控訴人の社会的信用を失墜せしめるにいたつた。かくの如き各行為は、著しく控訴人の被控訴人に対する信義に反し、本件畑の賃貸借を将来に継続せしめ難い程の不信行為であることもちんである。(ハ)また被控訴人の保有する耕作面積は田三反四畝二十九歩、畑九反五畝六歩で、その家族は九名あり、うち四名は耕作能力を有し、殊に超過供出をなしている程の経営技能をもつている。一方控訴人及びその父麟の保有する耕作面積は、控訴人が被控訴人より賃借しているものを含めて、田一反九畝十八歩、畑七反二十五歩でその家族は被控訴人方と略々同数であるが、そのうち耕作に当り得るものは老人である麟と婦女二名に止まり、控訴人及びその妹(麟の五女)は中学校又は小学校の教員をなし、弟(麟の六男)は人夫をしているので、控訴人一家は所謂給料生活を主軸としているものというべく、従つて被控訴人方とはその農業生産力に雲泥の相違があり、本件土地を被控訴人に返還せしめることが、社会経済上有利であるのみならず、右返還によつて受ける控訴人らの痛痒は考慮すべき程のものでないこと明かである。(六) 従つて、本件畑の賃貸借契約はおそくとも、解約の申入が控訴人に到達した日より一年の期間を経過した昭和二十二年六月十六日かぎり終了した。尤も本件畑には右解約申入当時耕作物があつたが、いずれも収穫期にあつたので、いずれにしてもそれより一年を経過したその頃本件賃貸借は終了しているから、本件畑の引渡を求めるわけであるが、右各畑は、昭和二十二年十月十五日神奈川県施行大和都市計画土地区画整理により、別紙目録第二欄掲記の畑四筆に換地せられ、目下控訴人においてこれを耕作しているので、その換地の引渡を求める。

第二、引渡を求める土地のうち、田の点につき

別紙目録第一欄掲記の田三筆は、被控訴人の所有であるところ控訴人は何等権原なく不法に耕作しているので、所有権に基きその引渡を求めるわけであるが、これらの田も昭和二十二年十月十五日前同区画整理のため、別紙目録第二欄掲記の田一筆に換地せられ、目下控訴人においてこれを引続き耕作しているので、その換地の引渡を求める次第である。

と述べ、更に右田の点につき、控訴代理人の売買による所有権取得の抗弁に対しては、その主張の如き売買契約の成立したことは、山口麟が当事者なる点を除きこれを認めるが、右は前記調停条項のうち「控訴人及びその父麟は、その所有に係る山林及び畑各一筆を金百円で被控訴人に譲渡する」という部分(第二項)と一体をなし(本件田の売買は第一項)昭和二十年七月三十一日までに、双方は互に右第一、二項を履行するために必要な登記手続に対する協力、代金の支払等をなすべきであるのに、控訴人はこれをなさないので、被控訴人は昭和二十一年二月二十日これが履行を催告したにも拘らず、控訴人は依然その履行をなさない。よつて同年五月十五日右田の売買契約を解除する旨の通知をなし、その通知は翌十六日控訴人に到達したから、本件売買は解除されたのである、と再抗弁し、更に履行期延期の抗弁に対しては、その事実を否認すると述べた。

控訴代理人は、被控訴代理人主張の事実中、本件の田及び畑の双方につき、その主張のような換地処分があり、目下控訴人においてこれらを耕作していることは認める。しかして畑の点については、(一)、(二)、(四)、の各主張事実と、(五)の事実中その主張のような調停の成立したこと(但し田三筆の売買につき、山口麟が当事者でなかつたとの点を除く)および控訴人が仮処分の申請をなしその決定を得たことは、これを認めるが、その他の事実はいずれも否認する。なお

(A)  被控訴人は、本件賃貸借の解約につき、所轄農地委員会の承認を得たと主張するが、昭和二十一年十月二十一日法律第四十二号による改正(以下第二次改正と略称する。なお同改正法は同年十一月二十二日施行された。)の農地調整法第二十条は「第八条及第九条ノ規定ハ本法施行ノ際現ニ存スル農地ノ賃貸借ニモ亦之ヲ適用ス」と規定しているので、本件賃貸借も右第二次改正当時においては、たとえ解約の申入はあつても、いまだ終了せず、右に所謂「現ニ存スル農地ノ賃貸借」であるから、被控訴人において改めて、同法第九条第一項の要件を具備し、かつ同条第三項同法附則第三項の地方長官の許可を受くべきものであるところ、本件解約については右地方長官の許可を欠いているから、その解約申入は無効である。

(B)  更に、本件解約申入当時、農地委員会は昭和二十年十二月二十八日法律第六十四号による改正(以下第一次改正と略称する。)の農地調整法に従い、地主、自作、小作の各層から選出された各五名と地方長官の選任した三名との計十八名の委員をもつて構成され、委員会は定員の過半数に当る委員が出席しなければ、会議を開くことができないことになつているのに、本件につき賃貸借契約の承認をなした大和農地委員会は、委員が六名しか出席していないのに開会し右承認をなしており、しかも会長に事故あるときは委員の互選した者がその職務を代理すべきであるところ、右委員会には会長が欠けていたにも拘らず、右手続をふまず、あまつさえ、欠席した会長が右解約の承認書に署名捺印している。よつて本件承認は無効である。

(C)  本件畑の賃貸借契約は、被控訴人と控訴人並びに山口麟との間に締結されたものであるから、控訴人に対してだけなされた本件解約申入は無効である。

(D)  本件解約申入は、昭和二十一年六月十六日になされたものであるが、控訴人はすでに同年の四月下旬から五月上旬にかけ、本件畑にそれぞれ甘蔗、陸稲、里芋、甘藷栽培をしており、季節ある耕作に着手していたのであるから、民法第六百十七条第二項に反する無効な解約申入である。

(E)  被控訴人は、田、畑、宅地、山林等百三十三筆合計十二町八反九畝十二歩(耕作面積、田三反九畝、畑九反五畝六歩、ほか同居人名義一町六反二十九歩)を有する大地主であるにひきかえ、控訴人方は耕作地としては、僅に田一反五畝(うち四畝十八歩は被控訴人よりの小作地)畑四反一畝(うち三反二畝五歩は被控訴人よりの小作地)を有するのみであつて、本件土地を失えば、自作地として田畑あわせて二反七歩を有するに過ぎない所謂水呑百姓に転落してしまい一家十人の死命を制する重大事となる。従つて、本件解約申入については、これをなすにつき正当な事由が存しない。

と述べ、

次いで、田の点については、被控訴人主張事実は換地処分の点を除き、すべてこれを否認する。しかして本件田は前記調停条項第二項に基き、売買につき地方長官の許可を受けた上、控訴人並びに山口麟が、昭和二十年五月十九日これを被控訴人から買い受け、両名において耕作しているものであるから、何等不法はないと抗弁し、被控訴代理人の売買契約解除の再抗弁に対しては、その主張事実中、調停条項に履行期が昭和二十年七月三十一日となつていることと、右契約解除の通知があつたことは認めるが、その他の事実は否認すると述べ、更に右履行期は、当時空襲が激しかつたので、当事者合意の上、期限の定めなく延期したものであると抗弁し、また、本件田の売買契約は、控訴人のみならず、山口麟も当事者となつているのであるから、控訴人のみになされた本件解除の通知は何ら効力を発生しないと、陳述した。

<立証省略>

三、理  由

先づ、被控訴人の畑四筆引渡請求の点につき按ずるに、別紙目録第一欄掲記の畑四筆が被控訴人の所有なること、被控訴人が昭和二十年五月十九日これらを控訴人に(尤も控訴人の外に賃借人として山口麟を含むか否かについては後述(C)の如く当事者間に争がある。)期間の定めなく、賃料一ケ年二十七円六十一銭、毎年六月及び十二月の各二十日かぎり、半額づつ支払うとの約で賃貸し、控訴人はこれらを耕作していたこと、被控訴人が昭和二十一年六月十三日右畑についての賃貸借契約を解約するにつき、所轄農地委員会の承認を受けた上、同月十五日控訴人に対し右賃貸借契約解約の申入をなし、この意思表示は翌十六日控訴人に到達したこと、昭和二十年五月十九日神奈川県小作官松島淳の斡旋により被控訴人と控訴人及びその父麟との間に、被控訴代理人が事実摘示第一の(五)に主張するような内容(但し、当事者に右麟を含むか否かにつき、後述の如く争があるので、この点を除く)の条項を含む、所謂法外調停が成立したこと、控訴人が昭和二十一年四月同町上草柳文ケ岡七百六番地の土地につき自己の小作権ありとして、同地上に建築をなしていた訴外松山定次に対し、同建築中止の仮処分を横浜区裁判所に申請し、その頃その決定を得たこと、前記畑四筆が昭和二十二年十月十五日神奈川県施行大和都市計画土地区画整理により別紙目録第二欄掲記の畑四筆に換地せられ、目下控訴人においてこれを耕作していることは当事者間に争がない。

ところで、右に争のない事実であるが、控訴人において該事実あるもなお、被控訴人主張の如き法律効果を生じ得ないと争つている事項につき、当裁判所の判断を示す。

(A)  地方長官の許可の要点については、控訴代理人指摘の第二次改正農地調整法第二十条は、もともと昭和十三年四月二日公布法律第六十七号農地調整法(即ち第一次改正前の原規定にして、同年八月一日施行のもの)の附則であつて、同条に所謂「現ニ存スル」とは、その施行当時の謂であり、従つて同法条と第二次改正農地調整法の附則第三項とを合してもつて、本件の場合に農地委員会の承認の外に更に地方長官の許可を受くべきものとなすの失当なるは極めて明かである。

(B)  本件賃貸借契約の解約についての所轄大和町農地委員会の承認は昭和二十一年六月十三日の会議においてなされたが、成立に争のない乙第四号証及び甲第十一号証によれば、同日の委員会は同農地委員会々長職務代理者八木保隆外六名の委員が出席し、神奈川県小作官松島淳等立会の上、大和町役場において開催せられたことが明かである。しかしてその当時施行せられていた第一次改正農地調整法第十五条の二によれば、市町村農地委員会は選挙または選任に係る会長及び委員十八人をもつて組織することになつてはいるが、成立に争のない甲第二十四号証及び証人松島淳(当審)同八木保隆(当審)の各証言によつても明かな如く、同法に基く該委員会の選挙は当時の諸情勢のため、実施を延期せられ、結局第二次改正農地調整法の選挙が実施せられるまで行われず、それまでは、第一次改正前の農地調整法に基く従来の農地委員会が第一次改正農地調整法附則第四条によつて「従前ノ規定ニ依ル市町村農地委員会」として、同法により「市町村農地委員会……ノ権限ニ属セシメラレタル事項ヲ処理」していたことが明かである。しかして右第一次改正以前の農地委員会は、昭和十三年法律第六十七号農地調整法第十五条、同法施行令(昭和十三年勅令第五百二十六号)第九条により、特に地方長官においてその定数を増加しない限り、八人以内の委員をもつて構成せられることになつており、本件農地委員会もこれに則り、八人の委員によつて構成せられており、ただ会長の故障により八木保隆が前示の如く会長の職務代理者の指名を受け、会長の職務を行つていたことは証人八木保隆の証言(当審)によつてこれを認めるに十分である。従つて、本件解約の承認をなした委員会が定数を欠いた不適法のものなりというを得ないこと極めて明かであり、従つて、右解約の申入の承認行為は適法なりというべきである。尤も右証人の証言により真正に成立したものと認める甲第一号証によれば、右承認書が当日会議に出席しなかつた同委員会々長山口正雄名義で出されていることを認めうるが、右は適法に成立した委員会の承認を同会長がその資格において宣言したものと認めるに難くないので、この点においても何等瑕疵ありということが出来ない。

(C)  本件賃貸借契約は、被控訴人と控訴人及びその父麟との間に締結せられたものであるのに、その解約の申入は控訴人に対してのみなされ、右麟に対してはなされていないから解約の効果を生じないとの点については、成立に争のない甲第四号証によれば、同契約(前示所謂法外調停)の当事者は甲及び乙と略記され、更に「甲トアルハ二見長昌ヲ乙トアルハ山口麟及び寛ヲ指スモノトシ将来ノ小作関係ハ山口寛ニ於テ其ノ義務ヲ果スベキモノトス」「甲ハ別紙目録(二)ノ畑ノ内……ヲ除ク残余ノ畑(本件の畑四筆を含む)ニ付期間ノ定無ク公正小作料ヲ以テ乙ニ小作セシムルコト」と定められていて、前示調停の条項中、他の約定事項に関する部分は一先づ除外し、本件畑の賃貸借の部分について見るも、その当事者が何人であるかは、必ずしも明かでない。しかしてかかる立言がなされるに至つた事情につき、証人松島淳の証言によれば右法外調停成立以前から、被控訴人と控訴人の父麟との間の小作関係につき疎隔があつたところ、右調停成立の際も、被控訴人は麟を信頼せず、同人との話合には応じないが控訴人となら約定をなすというので、控訴人の父である麟を除外しては感情上面白くないものを残すところから、控訴人及び麟を当事者乙として契約条項を表示し、実質において被控訴人と控訴人との約定たるの実を現わさんとするに至つた事情を推認するに十分である。のみならず、証人山口麟の原審における、証言によれば、本件の畑は、当初麟が、被控訴人から賃借していたものであるが、同人の要求によつて、昭和二十年五月から麟に代つて控訴人が賃借するにいたつたことを推認することが出来る。しかして、以上を彼此綜合考察すれば本件畑の賃貸借の当事者は、控訴人と被控訴人とであつて、右麟を含まないものと解すべきであること極めて明らかであり、従つて、控訴人に対してなされた本件解約の申入は正当なりというべく、なお更に、所謂契約解除権の不可分性に関する民法第五百四十四条の規定にして、解約申入に適用なしと解すべきものなるにおいては、控訴代理人の主張の採るべからざるこというまでもない。

(D)  収穫季節ある土地の賃貸借については、その季節後次の耕作に着手する前に解約の申入をなすべきこと民法第六百十七条第二項の定めるところであるが、右のような規定をした所以のものは、同条第一項第一号の猶予期間内は賃借人をして完全に使用収益せしめようとするがためであるから、たとえ同条第二項の規定を遵守せずしてなされた解約の申入も、これを無効と解すべきでなく収穫季節を終つた時より起算し一年の経過後に賃貸借が、終了するものと解するを相当とする。更に農地にして、数種の作物を耕作する場合は、主作物の収穫季節をもつて同条第二項に所謂収穫季節と解すべきである。これを本件についてみるに、証人古谷田徳信の証言及び被控訴人本人訊問の結果(当審第二回目)を綜合すれば、本件解約申入当時、本件畑のうち別紙目録第一欄掲記の七百一及び七百四番地の畑には大麦が、同百六十六及び七百二十一番地の畑には、小麦が、それぞれ耕作されていて、いずれも収穫季節に入つており、また右七百二十一番地の小麦の間には里芋が植付けられていたこと、従つて当時本件畑の主作物は大麦及び小麦であつたこと、一般的にいつて、本件耕作地附近においては麦の取入れは大麦が六月中旬頃に、小麦は大麦の取入に引続き始められ六月下旬あるいは七月上旬にかけて行われること、なお里芋は十月中には収穫を終ることを認めることが出来る。この認定に牴触する証人山口麟、同山口シメ子の各証言及び被控訴人本人訊問の結果(右認定に用いたる部分を除く)はこれを措信しない。しかして右認定事実によれば、本件畑のうち大麦が耕作されていた部分については同年六月中旬より遅くとも同月下旬一杯に、小麦が耕作されていた部分については遅くとも同年七月上旬一杯までに、それぞれその収穫を終つたものと認められ、一方本件解約の申入が同年六月十六日になされたことは当事者間に争がないのであるから、ここに前示民法条文の律意を考え合せるときは、これらの認定を覆すに足りる十分な証拠の見当らない本件においては、本件賃貸借は右解約の申入によつて、右収穫を終了したと認められる日より一年を経過した日、即ち右七百一及び七百四番地の畑については昭和二十二年七月一日限り、右百六十六及び七百二十一番地の畑については同月十一日限り終了すべきものというべきである。仮りに控訴人主張のように本件畑に甘庶、陸稲、甘藷等が解約申入の日である昭和二十年六月十六日当時栽培せられていたとしても、本件耕作地方においてこれらの収穫が毎年十一月末を以て終るべきことが明かであるから、昭和二十一年十一月末日より起算し一年の後である昭和二十二年十二月一日限り本件各畑地の賃貸借は終了したというべきである。

果して以上の如くであるとすれば、被控訴人よりする本件賃貸借契約解約申入の成否は、一に、右解約の申入をなすにあたり、第一次改正農地調整法第九条第一項の定むるところに従い、賃借人側において「信義ニ反シタル行為」ありたるか、または、賃貸人側における「正当ノ事由」存するやにかかわるものというべく、以下この点につき考察する。

先づ賃貸人たる被控訴人側における「正当ノ事由」の有無につき按ずるに、成立に争のない甲第九、十二、十三ノ一乃至三号証、乙第三、十一、十三号証及び証人山口麟(原審及び当審)同山口シメ子(以上各証人の供述中前示措信しない部分を除く)の証言並びに被控訴人本人訊問の結果(原審及び当審再度)を綜合判断すれば、本件解約申入当時より現在に至るまでの間において、その間多少の変動ある点もあるが、被控訴人の保有する耕地面積は田三反五畝、畑九反五畝で、その家族は九名あり、うち四名が耕作能力を有し、殊に今次戦争前においては耕作能力ある人数に幾分の差違はあつたが約三町七反の耕作を行つていたこともあり、昭和二十三年度においては何分の超過供出をなしていること、及び被控訴人は農家として一家の生計をたてており、しかも今後純農として立ち行かんがために本件畑の返還を求めているのであり、かつ右被控訴人の耕作地に本件畑を加うるも耕作地の多きに過ぐることなきものなることが認められる。一方控訴人及びその父麟の保有する耕地面積は、被控訴人より賃借している本件畑約三反五畝を含め、田一反九畝、畑少くとも五反三畝(昭和二十四年前半までは四反一畝)を有しており、その家族は十名であるが、そのうち耕作に当り得るものは、控訴人の父麟(当六十七年)時折農耕の手伝をするその妻(当六十六年)控訴人の妻(当三十九年)及び控訴人の弟(麟の六男、当二十三年)の四名であつて、老齢者を含んでいるのみならず、控訴人及びその妹(麟の五女)はいずれも学校の教員であることが認められるのであつて、控訴人一家は所謂給料生活を主軸としていることを肯認するに難くない。殊に右麟等の耕作による収穫は、既に自家の用に充つるにも不足なる程度で、その不足分は配給を受けて充しており、また昭和二十三年度における米の供出量は一斗程度であつたことを認めることが出来る。右列挙の各証拠中以上の認定に反する部分はこれを措信しない。しかして、これらの事実を彼此考慮すれば、控訴人方の農業生産能力は現在において既に微弱であり、従つて本件畑はこれを控訴人より被控訴人に耕作せしむるをもつて、むしろ当該農地の生産を増大せしめ得る見込大なりと判ずべく、更に控訴人一家の生計にして前示の如く給料生活に拠れるものと認むる以上、また本件農地を失うことによつて、控訴人等の生活を窮地に陥れ、その生活の維持を困難ならしむるに至るとは先づ考えられない。尤も同地喪失の当座における多少の困難はこれを認め得るも、残余の農地の合理的経営と控訴人等の働きと相まつならば、その困難を打開し得るものというに難くない。果して然らば以上を綜合し、被控訴人において本件賃貸借の解約を申入れるにつき正当な事由ありと断ずることをうべく、なお、被控訴代理人主張の控訴人側における不信行為(事実摘示中の(イ)及び(ロ))の点は、その主張事実自体、たやすく、賃借人たる控訴人の、賃貸人たる被控訴人に対する「信義ニ反シタル行為」と認めてもつて、同人等間の賃貸借契約解約の事由となすに足るものとなすに困難であるけれども、既に右の如く被控訴人側の「正当ノ事由」を認める以上、この点の判断を待つまでもないから、これを措き、結局本件賃貸借契約解約の申入れは適法にその効果を生じ、該契約は解約されたるものとなすべく、而して、本件畑に関しては、前示の如く換地処分がなされたのであるから、控訴人に対し、本件賃貸借契約の目的となつた別紙目録第一欄掲記の畑四筆の換地にして、従前の土地と見做される同第二欄掲記の畑四筆の引渡を求める被控訴人の主張は、この限りにおいては正当であり、控訴人はこれを被控訴人に引渡すべき義務あるべきものである。

次に、被控訴人の田引渡請求の点につき按ずるに、被控訴人の所有に係る別紙目録第一欄掲記の田三筆につき、昭和二十年五月十九日控訴人主張の如き(但し、被控訴人及び控訴人の外に当事者として山口麟を含むか否かにつき争があるので、この点を除く)売買契約が成立し、同年七月三十一日までに、その所有権移転登記等同契約の履行に必要な行為を相互になす約定になつていたこと、昭和二十一年五月十六日被控訴人から控訴人に対し、右売買契約解除の通知がなされたこと、右田三筆が被控訴代理人主張のように別紙目録第二欄掲記の田一筆に換地処分せられ、目下控訴人において耕作中なることについては当事者間に争がない。

しかして、先づ、山口麟が本件田の売買契約の当事者なりや否やの点につき考える。成立に争のない甲第四号証によれば、右契約の条項として「本条項ニ於テ甲トアルハ二見長昌ヲ乙トアルハ山口麟及寛ヲ指スモノトシ将来ノ小作関係ハ山口寛ニ於テ其ノ義務ヲ果スベキモノトス」と前文し、次いで「一、甲ハ其ノ所有ニ係ル別紙目録(一)ノ田(本件の田にして、判示別紙目録第一欄掲記の三筆)ヲ金四百四拾円ニテ乙ニ譲渡スルコト」「二、乙ハ其ノ所有ニ係ル別紙目録(三)ノ山林及畑ヲ金壱百円ニテ甲ニ譲渡スルコト」「三、右第一項及第二項ノ譲渡ハ昭和弐拾年七月末日迄ニ同時履行スベキコト」と規定されていて、その立言形式自体よりして、右第一項と第二項の各約定が相互に密接に関連し、むしろ一体をなしていると解せられ、かつ成立に争のない乙第十二号証によれば、右第二項の畑(後に山林に地目変更されたものと認める)は山口麟の所有に属するものなることが認められるから、この点と右に掲げた各条項の行文とを合せ考えるならば、特に除外する旨の明示なき以上、右第二項については、麟を当事者として含むものと解するを当然とすべく、しかして又、該第二項と右第一項が右の如く、密接に相連関すると認められるのであるから、これ又少くとも小作関係に関する部分についての右文言程度に、特別に明かに除外したと認められる場合の外は、右第一項についても、麟を当事者として含むものと解するのが当然である。のみならず、これを前示畑の賃貸借契約の当事者に麟を含まないと解することと対比するも、賃貸借契約が継続的関係を生ずるに対し、売買契約がいわば一回的関係をもつて終了する性質をもつていることを考え合せれば、本契約成立当時における被控訴人と右麟との前記疎隔に基く事情の如きも、敢て本売買契約については深く考慮するを要しないものと見るを得べく、更にまた右契約条項前文後段の特別なる立言に鑑みるも、右の如く解するをもつて契約当事者の真意に沿うものというべきである。しかして右認定を覆すに足りる十分な証拠は他に見当らない。本件売買契約の当事者にして山口麟を含み、同人及び控訴人を買主、被控訴人を売主なりとする以上契約の当事者の一方が数人ある場合においては、契約の解除はその全員より又は全員に対してのみなすことを得るものであるから、本件売買契約につき、控訴人に対してのみなされた本件解除の意思表示は到底その効果を生ずるに由なきものといわねばならない。しかして、仮に右解除の意思表示がこれを控訴人のみに対してなすをもつて足るとするも、しかも被控訴人においては、成立に争ない甲第七号証により認めうる右売買契約履行の前提たる地方長官の許可を受くる手続をなした外は、本件解除権行使の時までに、本件田の所有権移転等に関し、履行の提供をなしたと認めるに足りる明瞭な証拠は少しも存在しない。却つて、証人山口麟の原審証言(前出措信しない部分を除く)及び成立に争のない乙第一号証によれば、控訴人は昭和二十年八月二十一日に被控訴人に対し、控訴人の山林及畑の売却代金百円を本件田の買受代金四百四十円より控除した金三百四十円と、昭和二十年度小作料十円との合計三百五十円を支払つていること、その後被控訴人は右受領金のうち三百四十円を控訴人に返却し、かつ本件田の売買についての移転登記が遅れる旨を述べたので、山口麟において、共に登記所に行くよう求めたところ、所謂新円切換えになるからといつて同行しなかつたことを認めることが出来る。果して右の如くなる以上、この点においても被控訴人の本件解除の意思表示は自己のなすべき履行の提供を欠いた無効のものといわねばならない。

従つて、被控訴人に本件田の所有権があることを前提とする右田に対する換地引渡請求は、その限りにおいてその余の争点に対しての判断をまつまでもなく、理由なきものというべきである。

よつて被控訴人の本訴請求中、別紙目録第二欄掲記の土地のうち畑四筆の引渡を求むる部分は正当であるからこれを認容し、その余は失当なるをもつて棄却すべく、被控訴人は当審において、請求の趣旨を変更しかつその一部が失当であるから、その限度において原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十六条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 牧野威夫 亀下喜太郎 荒木秀一)

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